2007年11月12日10:15
京都御所の参観を終えた後は、京都御苑の烏丸通側をしばし散策して、「禁門の変」で有名な蛤御門へと向かいます。
中立売御門と蛤御門の間の駐車場周辺にはモミジの木々がたくさんありましたが、どれも色付き初めといった趣で、やっぱり紅葉には少し早かった様子。
夏が暑いと紅葉は遅くなり、色付きも悪くなると言いますが、この年は記録的な酷暑だったので、その影響もあったのかもしれません。
さて、蛤御門です。
尊皇攘夷か公武合体かで揺れる幕末の京都。
「八月十八日の政変」で京都中枢から失脚した長州藩は、「池田屋事件」をきっかけに挙兵・上洛し、京都御所周辺で幕府連合軍と激突します。
中でも、「八月十八日の政変」の首謀者で、新撰組を重用する会津藩が守備していた蛤御門は、最も激しい戦場になりました。
仇敵を目にした長州藩の戦意と進撃は凄まじく、圧倒的な数的劣勢にもかかわらず、一時は会津藩の守りを突破して御所内に進入したとも言われます。
しかし、西郷隆盛が率いる薩摩藩が援軍に駆けつけたことで形勢は逆転し、長州軍は敗走を強いられました。
この「禁門の変(蛤御門の変)」により、長州藩は幕府から「朝敵」の烙印を押され、後の「第一次長州征伐」につながっていきます。
幕末史を語る上では欠かせない一幕ですね。
現在の蛤御門にも生々しい弾痕が残り、当時の戦闘の烈しさを物語っていました。
蛤御門でしばし幕末に思いを馳せた後は、烏丸下長者町から市バス51系統に乗って、北野天満宮へ移動です。
ところが、バス停で時刻表を見ると、次のバスが来るまでに30分以上も待たなければなりません。
そこで、バス停の目の前にあった護王神社へ道草して、休憩がてらお参りしてきました。
ここはなかなか面白い神社で、何から何までイノシシ尽くし。
神社を守護するのは狛犬ならぬ「狛猪」ですし、手水もイノシシが口から水を吐いています。
亥年生まれの御守護で、足腰の守護神だそうです。
これで妻の腰痛もきっとよくなることでしょう。








