2007年11月13日13:00
永観堂で紅葉とわらびもちを堪能した後は、銀閣寺を目指して哲学の道を歩きます。
学生時代、実存主義とかポストモダンとかの哲学大好き人間だった私としては、「哲学の道」という名前だけでも瞬殺級なわけですが、実際に歩いてみて、いっそう気に入りました。
琵琶湖の疏水沿いに約2km続く哲学の道は、東山の自然に恵まれながら、周囲は住宅にも囲まれて、賑やかすぎず、落ち着きすぎず。
道沿いに流れる琵琶湖疏水も、自然と人為の両者を感じる絶妙の仕掛け。
少し寄り道をしてみれば、法然院や安楽寺など名刹の美にも触れることができます。
桜の季節になれば、両脇のソメイヨシノがアーケードになり、疏水には花筏が浮かんで壮観でしょう。
こういう散歩道を日常的に持つ人は幸せですね。
この哲学の道は、大正時代の哲学者、西田幾多郎氏が好んで歩いたことにちなんで名付けられたそうですが、まさしく思考を整理するのにぴったりだったことでしょう。
「人間は脳だけで考えるのではなく、体全体で考えるものだ」と、どこかで読んだことがあります。
とりわけ何かに行き詰った時は、歩いてみると効果的です。
一つのことに集中しすぎると、一方で周りが見えにくくなるので、柔軟な発想が滞ってしまうものです。
そんな時、リフレッシュに歩いてみると、脳の緊張がほぐれ、脳の片隅に浮かんでいたものの意識できていなかったアイディアに、はっと気づいたりするのでしょう。
また、歩くリズムが脳に刺激を与え、思考に躍動感が生まれたり、雑多なアイディアをふるいにかけたりする効果があるのかもしれません。
散歩とかけて、パスカルと解く。
その心は?
人間は考える足である。
ちょうどオチがついたところで、おあとがよろしいようで。笑。








