Home / 東北旅行記 / 米沢観光の中心地・米沢城址散策

Aug
27
2009

松が岬公園2009年7月11日10:30
道の駅で思わぬ道草を食った後は、一路米沢を目指します。
最初に向かうは、米沢観光の中心地である松が岬公園。
米沢の市街地は、かつての城下町らしく道路が狭く複雑で、うっかりするとあっさり迷ってしまいますから、地図や道路案内を見ながら慎重に運転しましょう。
幸い、頼りない妻のナビも今回は迷宮入りすることなく、上杉城史苑の駐車場にもあっさり車を停めることができ、順調に観光スタートです。

- スポンサードリンク -

米沢城址

米沢城址米沢城は、戦国時代の東北を語る上で欠かせない場所です。
米沢城は置賜地方を支配してきた長井氏によって築かれた城ですが、長井氏は伊達氏によって滅ぼされ、その後は伊達家の本拠地となりました。
この米沢城で生まれた伊達政宗は、会津の芦名氏を攻略して戦国大名に飛躍しますが、豊臣秀吉の全国統一によって政宗が仙台に国替えになると、会津は蒲生氏を経て上杉景勝の領地となり、景勝の重臣・直江兼続が米沢城に入ります。
その後、関ヶ原の戦いで西軍方についた上杉景勝は、徳川家康によって会津120万石から米沢30万石に減封され、米沢城は上杉家の居城として、明治維新を迎えることになったのでした。
でんでんでんでんでんせつの♪米沢城は、もともと天守閣を持たない平城でしたが、現在は濠と土塁が残存するばかりです。
米沢城址正面の濠に架かる舞鶴橋と、両脇に掲げられた「毘」「龍」の旗印は、とても写真映えしますから、記念撮影にぴったりでしょう。
舞鶴橋の下には、巨大な錦鯉がうじゃうじゃ泳いでいますが、妻は幼い頃に読んだ漫画の影響で、鯉がトラウマになっているので、この光景を見て震え上がっていました。笑。

上杉神社

上杉神社現在の米沢城址は公園として整備され、本丸跡には上杉謙信公を祀る上杉神社があります。
この上杉神社は、上杉景勝が会津を経て米沢に移封されるにあたり、越後・春日山城から祠堂を移転したものです。
上杉謙信そのものは米沢にゆかりもありませんが、謙信公の義を重んずる精神は上杉家訓十六条として代々継承され、城下町米沢の気風を形作ったと言われています。

上杉神社・稽照殿

上杉神社・稽照殿上杉神社でお参りした後は、隣にある稽照殿に向かいます。
これは、上杉神社の宝物殿で、上杉謙信の遺品を中心に、上杉景勝・直江兼続・上杉鷹山といった上杉家伝来のお宝が展示されています。
中でも甲冑類の展示は7着にも及び、豪華な前立てや色とりどりの縅など、非常に見ごたえがありました。
愛の前立てで一躍有名になった直江兼続の鎧兜「愛の甲冑」も、この稽照殿で展示されています(どこかに貸し出されていなければ、ですが)。
残念ながら、日本の観光地の常として、館内の写真撮影は厳禁ですから、「愛の甲冑」の写真が欲しければ、売店で絵はがきを買うのがおすすめです。

上杉伯爵邸

上杉伯爵邸米沢城址を出て南側を見ると、上杉伯爵邸があります。
上杉伯爵邸は、明治29年に上杉家14代茂憲伯爵の邸宅として、旧米沢城二ノ丸跡に建造されました。
大正8年の「米沢大火」で焼失しましたが、大正14年に再建され、現在は観光客や市民に開放されています。
東京の浜離宮に倣って造られた邸宅だそうですが、旧家の趣や庭園などは、豪農の館にも似てますね。
上杉伯爵邸内は、米沢の郷土料理や米沢牛などを食べることができる食事処でもあります。
今回は夕食に備えて昼食は軽めのつもりだったので、庭園と外観だけ見学して帰ってきましたが、どうやら邸内には和カフェもあるらしく、それなら抹茶アイスでも食べてくればよかったと、軽く後悔した次第です。

- スポンサードリンク -

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Comments:0

Comment Form

コメントは管理人の承認後に公開されます。

Information
  • twitter
  • rss
  • はてなブックマーク
  • Instagram
カテゴリー
タグクラウド
記事への反応

back to top