Home > 北陸旅行記 > 金沢のカラクリ忍者寺・妙立寺

いきなり心が折れるくらい雪が降ってます一夜明けて。
この日は金沢まで足を延ばします。
金沢は我々にとって因縁の地。
数年前、このメンバーで金沢に行ったことがあるのですが、その時は計画不足とカーナビの指示に振り回され、ほとんど車内で過ごして帰ってきたという経緯があります。
今回は、それなりにちゃんと下調べしておいたので、前回の二の轍は踏まないはず...。
が、窓の外は一面の雪景色。な、なんだってー!
いや、それもいい。新雪に化粧した金沢というのも風雅なたたずまいに違いありません。

忍者寺・妙立寺の見学ガイド

妙立寺金沢で最初に向かったのは妙立寺。
妙立寺は、加賀藩三代藩主・前田利常が金沢城近くから移築建立した寺で、武者隠し・落とし穴・隠し階段・隠し部屋など、まるで忍者屋敷のような仕掛けが施されていることから、「忍者寺」という異名を持っています。
私は小学生の頃に一度見学したことがありますが、童心にも非常に面白い寺でした。
見学は予約制で時間厳守。
最初にテープで簡単な解説を聞いた後、グループに分かれてガイドさんが案内してくれます。
ていうか、親切なガイドさんが説明してくれないと、寺の中のいろんな仕掛けに気づきませんからね。
見学所要時間は45分ほど。
残念ながら、内部の写真撮影は禁止です。

仮想要塞に配された匠の技の数々

なんという初見殺しこの妙立寺が建立された前田利常の時代、徳川家は着々と幕府の基礎固めを進め、有力大名に対しては、わずかな理由から謀反の言いがかりをつけ、改易減封を繰り返していました。
豊臣時代からの有力大名である前田家に対する幕府の目は特に厳しく、それゆえ前田利常は鼻毛を伸ばしてバカ殿を演じ、幕府に対しては無能をアピールしながら、水面下では有事の際の準備を着々と整えていたのです。
妙立寺は、そうした有事に備えた要塞の一つでした。
外観は2階建てですが、内部は7層4階建てで、建物全体で29もの階段がある複雑な構造。
普段は参拝客を出迎える埋め込み式の賽銭箱は、格子を外すと落とし穴に早変わり。
柔らかな外光を取り入れる障子貼りの階段は、内部に突入しようとする敵兵の影を映し出し、中から槍で突くこともできる匠オリジナルのアイディア。
それぞれが別の出口につながり、戸の開閉で自動的に姿を隠すことのできる二枚戸では、「志村ー、うしろー、うしろー」という子どもたちの明るい声が聞こえてくるようです。
ただ戦うためのカラクリだけではなく、富士山に見立てた茶室の壁は、お殿様への風流な心配り。
どんでん返しの奥に隠された四畳の「開かずの間」では、敵に辱めを受けることなく、安心して切腹することができます。
その他にも、限られた空間スペースを有効に活用し、随所に散りばめられた初見殺しの数々は、外部からの敵に対して容赦ない匠の「心折設計」。
まさしく「なんということでしょう!」と言わずにはいられない江戸時代版ビフォーアフターを見るかのようでした。

加賀百万石の舞台裏

妙立寺の隣で九谷焼の絵付けもできます前田利常を初めとする歴代藩主のおかげで、加賀藩は幕府と戦を交えることもなく、徳川幕府三百年の歩みとともに明治維新を迎えることになりました。
結局、この妙立寺が要塞として使われることもなかったようです。
しかし、金沢を訪れると、加賀百万石と謳われた前田家が、いかに幕府の目を恐れながら藩を営んでいたかがよく分かります。
そうした加賀藩のジレンマを象徴するスポットとして、妙立寺は金沢観光に欠かせない場所と言えるでしょう。

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