Home / 北陸旅行記 / 越中国一之宮まとめて参拝してきた

Jun
17
2011

いざ越中国一之宮めぐりへ長らく恩恵にあずかってきた高速道路休日上限1000円制度も、ついに6月19日で終了です。
東日本大震災の復興財源と言われてしまえば返す言葉はありませんし、もともと終了のタイミングを計っていた感もあるので覚悟はしていましたが。
そんなわけで、先日、最後の高速1000円ドライブをしてきました。
行き先は富山で越中国一之宮めぐり。
5月はプラハ旅行に結婚式に、お金も休暇も大量に使ってしまったので、今回は倹約日帰りドライブです。

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なぜ越中国一之宮は四社もあるのか

通常、一之宮は「一国一社」を原則としています。
しかし、一之宮は明文化された制度ではないため、時代の趨勢や、史料ごとの社格の食い違い、神社そのものの盛衰などによって、一国に複数の一之宮がある場合も珍しくありません。
例えば、我らが越後国も、おそらく越後の広さが原因でしょうが、彌彦神社居多神社というニつの一之宮が存在します。
その中でも、越中は全国最多・四社の一之宮がひしめく国。
前回の一之宮めぐりで訪れた寒川神社にて、「ゆめのりょけんの全国一之宮めぐりは一国一社が基本ルール」という方針を決めたばかりですが、「越中国は一之宮が全国最多という点こそアイデンティティ」と考えて、四社すべてを参拝することにします。

雄山神社

雄山神社前立社壇最初に訪れたのは、新潟から最も近い雄山神社。
雄山神社は立山信仰の本拠地で、本社は立山本峰・雄山の山頂部にあります。
もちろん、私たちが三千メートル級の登山をすることはできないので、今回訪れたのは立山の山裾にある雄山神社前立社壇です。
雄山神社の祭神は、日本神話でも有名な伊邪那岐神(イザナギノカミ)と天手力雄神(アメノタヂカラオノカミ)。
ともに、力自慢の男神です。
日本の山岳信仰の多くが女神を祭っているのに対し、立山が男神を祭っているところは、「雄山」なればこそでしょうか。

雄山神社の傘おみくじ現在、雄山神社が積極的に越中国一之宮を名乗ることは少なく、戴いた御朱印にも「越中国一之宮」の文字はありませんでした(「全国一の宮会」には加盟)。
しかし、立山は、富士山、白山とともに、「日本三霊山」の一つとされています。
富士山信仰の総本社は、富士山本宮浅間大社で駿河国一之宮。
白山信仰の総本社は、白山比咩神社で加賀国一之宮。
そう考えると、立山信仰の総本社である雄山神社が、越中国一之宮に名を連ねるのは自然なことと思われます。

氣多神社

氣多神社続いては、高岡市伏木にある氣多(けた)神社を訪れます。
大己貴命(オオナムチノミコト)が祭神の気多神社は、能登国一之宮の気多大社を中心に、日本海側に数多く見られる神社です。
越後国一之宮の居多神社も、おそらく「気多」が訛ったもので、同系の神社と言えるでしょう。
氣多神社のもう一柱の祭神である奴奈加波比売命(ヌナカワヒメノミコト)は、翡翠の女神であり、新潟県糸魚川市を始め、翡翠を産出する地方で篤く信仰されています。
タケミナカタの母として、諏訪大社とも縁のある女神ですね。

氣多神社の御朱印氣多神社は、757年に越中国から能登国が分立し、それまで越中国一之宮とされてきた気多大社が能登国に属することになると、気多大社を勧請し、代わって越中国一之宮となった神社です。
しかし、相次ぐ戦火によって社殿がことごとく焼失し、また国府の移転や神社間の勢力争いなどもあって、今では忘れ去られたかのようにひっそりとしています。
御朱印を戴きに社務所に行ったところ、そこに宮司さんの姿はなく、「御朱印帳1冊につき1枚のみでお願い申し上げます」と書かれた紙とともに、クリアファイルに入った数枚の御朱印が置かれていたのが印象的でした。

射水神社

射水神社続いて訪れたのは、高岡市古城にある射水神社。
「古城」という住所からもうかがえるように、射水神社はかつての高岡城跡「高岡古城公園」に鎮座しています。
ということは、現在の社殿の歴史は新しく、二上山の麓にあった射水神社(現在の二上射水神社)を、明治8年に遷座したものです。
現在の社殿は新しいものの、射水神社そのものの歴史は古く、創建は奈良時代以前と言われています。
また、平安時代(927年)にまとめられた「延喜式神名帳」では名神大社、明治4年の「近代社格制度」では国幣中社と、いずれも越中国では最高位に位置づけられ、社格の上では一之宮と呼ぶにふさわしい神社と言えるでしょう。

ランドセルお守り射水神社がある高岡古城公園は、かつて訪れた国宝・瑞龍寺や、「日本三大仏」の一つと言われる高岡大仏にも近く、高岡観光の中心地です。
それだけに、参拝客の数も多く、これまでの二社とは違って、賑やかな雰囲気に包まれていました。
授与所でも、趣向をこらした絵馬や御守が並んでいます。
中でも一目見て気に入ってしまったのが、学業成就と交通安全の「ランドセルお守り」。
このミニミニランドセルが本物のランドセルにぶら下がっているのを想像すると微笑ましくて、思わず甥っ子・姪っ子に買ってしまいました。

高瀬神社

高瀬神社越中一之宮めぐりの締めくくりは、南砺市にある高瀬神社です。
ところが、射水神社の参拝を終えて、高瀬神社に向けて出発したのが16:30。
神社の社務所や授与所が閉まるのは、だいたい17:00のところが多いので、残り30分で25キロほど離れた高瀬神社まで行き、参拝を終えて御朱印をもらわなければならないという、「水曜どうでしょう」の四国88ヶ所めぐりのような展開になってしまいました。
幸い道に迷うこともなく、17:10に高瀬神社に到着して鳥居をくぐると、授与所はすでに店じまいの途中でしたが、ぎりぎりセーフ。
とりあえず授与所で御朱印を戴きたい旨を話し、御朱印帳を預けて高瀬神社の参拝です。

高瀬神社の御朱印そもそも一之宮というのは、古代の国司が任国に赴任したとき、一番初めに参拝する神社の通称です。
そのため一之宮は国府の近くにあることが多く、越中国では国府が現在の高岡市伏木にあったので、氣多神社を一之宮としていたようです。
ところが、平安時代末期に国府が現在の南砺市に移転したため、それ以降は高瀬神社が越中国一之宮になったと言われています。
現在でも、越中国一之宮といえば高瀬神社を指すことが多く、参拝後に受け取った御朱印帳にも、唯一自筆で「越中一宮」の文字が記されていました。

やっぱり越中国は四社まとめて一之宮

こうして、今回の越中国一之宮めぐりも終了です。
立山信仰とともに越中を代表する神社になった雄山神社。
歴史的な由緒の正しさでは群を抜いている氣多神社。
社格の高さと観光客で賑わう射水神社。
国府の移転とともに国司が最初に訪れるようになった高瀬神社。
どの神社にも、それなりに一之宮と呼ぶだけの歴史と理由があり、どれを真の一之宮とするかは、そもそも「一之宮」をどう定義するかによって、人それぞれということになりそうです。
「越中国は一之宮が全国最多という点こそアイデンティティ」ということでスタートした今回の旅でしたが、すべての神社を訪れてみて、その思いをいっそう強くしました。

【まとめ】 全国一之宮めぐりのすすめ

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