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Mar
27
2012

王の道・共和国広場を歩く

せっかくプラハに来たからには、王道の観光名所を見ておきたい。
そんなときにぴったりなのが、その名もそのまま「王の道」。
13世紀から19世紀までの約380年の間、歴代の王たちが戴冠パレードを行なったプラハのメインストリートです。
まずは、「王の道」の出発点である火薬塔が建つ共和国広場から、プラハ王になった気分で行進してみます。

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市民会館

プラハへの賛辞共和国広場の最も代表的な建物と言えば、市民会館。
もともとは歴代の王の宮廷があった場所で、17世紀の大火事で焼けた後、1911年に現在の市民会館が完成しました。
外側はネオ・バロック風アール・ヌーヴォーで華麗に装飾され、玄関の上に描いてある絵は、「プラハへの賛辞」というモザイクタイル絵です。
内部は世界的に有名な音楽祭「プラハの春」の会場スメタナホールはじめ、ホールやギャラリー、カフェ、レストランがあり、アルフォンス・ムハをはじめとするチェコの芸術家たちの作品に彩られています。
アール・ヌーヴォー大好きのシュクルにとっては、外観を眺めているだけでプラハに来た甲斐があるというもの。
でも、こんなに美しい建物も、出来た当時は、保守的な人たちには景観破壊と言われ、先進的な人には古いと言われ、さんざんな言われようだったとか。
うーん、不思議。

火薬塔(火薬門)

火薬塔「王の道」の出発点が、この火薬塔。
1475年に建てられたゴシック様式の建物で、もともとは旧市街を守る城壁の門のひとつだったものです。
「火薬塔」という名前は、17世紀に大砲の倉庫として利用されたから。
火薬塔の特徴は、遠くからでも一目でわかる、その黒い姿といっていいでしょう。
今の塔は、15世紀に建てられたままではなく、18世紀に戦災で被害を受け、19世紀に修復されたものだそうですが、すすけたような黒が年月を感じさせ、「火薬塔」という名前に妙にぴったりです。
よく見ると、細かい彫刻がいっぱい。
かつてはこの城門をくぐって、プラハの街に入っていったわけですね。
私たちも、火薬塔のアーチをくぐって王の道へ踏み出します。

ツェレトゥナー通り

プラハで見つけた「ベーカー・ストリート」火薬塔をくぐってツェレトゥナー通りを旧市街広場に向かって進んでいきます。
まだ朝早いためか、店もまだ閉まっていて、人通りもまばら。
そんな道をてくてく進んでいくと、「ベーカー・ストリート」という名前の店を発見!
ここはロンドン?
シャーロキアンのサーチライトは、大喜びで記念撮影。
どうやら、パイプを売っているお店のようです。
開店前なので入れませんでしたが、どうせタバコを吸うなら、いっそホームズみたいにパイプで吸ったらどうかな?
全然似合わないけどね。笑。

黒い聖母の家

黒い聖母像ツェレトゥナー通りがオヴォツヌィー通りと交差する角に、「黒い聖母の家」というなにやらミステリアスな名前の建物があります。
その名前の由来は、この建物の2階の角に黒い聖母像があることから。
なんだか不思議にかくかくしていて、周囲にあるいかにもヨーロピアンな建物とは異質のこの建物は、チェコ・キュビズム建築を代表する建物として有名です。
キュビズムは、ピカソやブラックなどの画家によって絵画の分野で確立されましたが、建築分野においてキュビズムを表現したのは、チェコ・キュビズムだけ。
中にはキュビズム博物館や有名なカフェ・オリエントなどが入っていて、また後で訪れる予定(詳細記事→黒い聖母の家とグランド・カフェ・オリエント)。
とりあえず、檻に閉じ込められているように見えるブラック・マドンナの写真だけ収めて、そのまま旧市街広場へと足を進めていきます。

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