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Apr
07
2012

王の道・カレル橋を歩く

カレル通りを進むと、プラハ最古の橋・カレル橋が見えてきます。
プラハの街といえば、必ずといっていいほど取り上げられるプラハ観光のシンボル。
長さ520m、道幅10mという大きな橋で、「橋」というより「道」というか「大通り」というか。
車は乗り入れできないので、たくさんの観光客であふれかえり、ストリートパフォーマーや似顔絵描きがたくさんいて、にぎやかな橋。
そんなカレル橋は、普通の橋とは違って見どころいっぱいです。

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カレル4世が建造した橋

カレル4世カレル橋は、ヴルタヴァ川(モルダウ川)の東岸と西岸をつなぐプラハ最古の橋で、建設されたのは約600年前。
当時としては珍しい石造りの橋は、1357年に着工し、約60年もかけて完成したものです。
神聖ローマ帝国の皇帝であり、ボヘミア王でもあったカレル4世の命によって造られました。
カレル4世は、知性と教養あふれる文人皇帝として東欧屈指の名門大学・プラハ大学を創設したり、東欧・中欧の通商・政治の要地として皇帝の都プラハを繁栄させ、「黄金のプラハ」と言われる時代を築き、「ボヘミアの父」と呼ばれています。
聖ヴィート大聖堂や旧市庁舎、カレル橋など、プラハのメイン観光スポットにかかわりのある人物なわけですね。
そんな王の名前を冠した橋ですから、このルートが「王の道」になるのもわかります。

カレル橋の彫刻

カレル橋カレル橋の最大の特徴は、橋の両脇にずらっと並んだ彫刻。
聖書に出てくる人や、歴史的な聖人や英雄が橋を囲んでいて、片側に15体ずつ、合計30体の彫刻が橋に並んでいます。
なぜ、橋に彫刻が置かれているのかというと、田中充子さんの著書「プラハを歩く」によれば、彫刻で囲まれた空間は「広場」を意味するからだそうです。
つまり、この橋は、単なる「橋」ではなく、「広場」の意味を持っているんですね。
確かに、たくさんの露店や大道芸人やミュージシャンがいて、人が大勢行き交うカレル橋は、まさに「広場」そのものでした。
この彫刻は初めからあったわけではないようです。
橋の完成は15世紀初めですが、ここに最初の像が作られたのは17世紀の後半。
それから最後の聖人の像が置かれたのは、橋の着工から360年も後でした。
「地球の歩き方」には、すべての像の説明がありますが、はっきり言ってほとんど日本人には馴染みのない聖人ばかり。
その中で、これは見ておくべきと思う彫刻3つを紹介します。

ボヘミアの守護聖人ヤン・ネポムツキー

ヤン・ネポムツキーカレル橋に並ぶ彫刻の中で、一番古いのは1683年に置かれたヤン・ネポムツキーの像です。
ヤン・ネポムツキーは、プラハ大司教総代理だった人で、ヴァーツラフ4世に拷問を受け、殺されてヴルタヴァ川に捨てられました。
その原因にはいくつかの説があるようですが、いずれにせよ、高潔さを守って殺されたということで聖人に加えられました。
ボヘミアの守護聖人なので、プラハではどこにいってもこのヤン・ネポムツキーがいます。
手に十字架を持ち、頭の上に5つの星が輝いているので、すぐにわかりますよ。
この像の台座にあるレリーフを触ると幸運が訪れるという言い伝えがあって、レリーフはぴかぴかに光っていました。
もちろん、シュクルもサーチライトもなでなで。
光っているとなぜか自分も触りたくなってしまうのは不思議ですね。
でも、ヤン・ポネツキーさんは、なんだか情けない顔をしていて哀愁漂うお姿でした。

かっこいいフランシスコ・ザビエル

フランシスコ・ザビエル聖書やボヘミアの歴史には疎い日本人でも、絶対に知っている人がここにはいます。
社会の教科書でおなじみのフランシスコ・ザビエル。
そういえば、かつて学校に一人くらい「ザビエル」っていうあだ名の先生がいましたよね?
教科書で見るザビエルは、河童ヘアーでなんとなく笑える顔ですが、この橋にあるザビエル像は、十字架を天に掲げて超イケメン。
下でザビエルを支えている人の中に、東洋人を表わした像があります。
ザビエルが布教活動をしたのは日本なので、これって日本人のこと?
うーん、ちょんまげとか見たことのない外国人にはこんな感じなのかな?
よく考えると、ちょんまげってかなりファンキーな髪型だし。笑。

伝説の王ブルンツヴィーク

ブルンツヴィークカレル橋を渡る時にぜひ見て欲しいのが、橋の上ではなくて橋のたもとに立つブルンツヴィーク(Bruncvik)の像です。
ブルンツヴィークは、チェコの伝説の王。
今回のプラハ旅行記の冒頭に記した伝説は、このブルンツヴィークの冒険譚です。
この伝説、ファンタジー好きなら興味を持つこと間違いなし。
せっかくの機会なので、ここでもう少し詳しく紹介しておきます。

冒険旅行に出かけたブルンツヴィークは、数々の苦難によって多くを失いながらも、無人島で竜と闘っていたライオンを助ける。
ライオンを従者としたブルンツヴィークは、アフリカまで冒険し、そこで持ち上げただけで敵の首が飛ぶという魔法の剣を手に入れる。
剣を手にしたブルンツヴィークは、ボヘミアに戻って祖国を守り続け、従者のライオンは、王の死後も墓を守った。
魔法の剣はカレル橋の支柱に埋め込まれ、チェコが危機に陥った時には、ボヘミア最初の王である聖ヴァーツラフが白馬にまたがってカレル橋へ行き、魔法の剣で祖国を救うと言われている。

おとぎ話のような伝説も、黄金に輝く剣を持ち、後ろにライオンを従えた若い王の像を見ると、史実のように思えてきます。
プラハのあちこちでライオンの彫刻や紋章を見るのも、この伝説に由来するものでしょう。
本当にプラハはファンタジーの世界なんですね。
【関連記事】 プラハ旅行の予習に役立つガイドブック - ゆめのりょけん

ビッグブリッヂの死闘

マラー・ストラナへそんなわけで、いつギルガメッシュが登場してもおかしくないカレル橋の散策を終え、気がつくと観光客の姿も増えてきました。
こんなにわんさか人が集まるなら、我らが新潟の萬代橋も聖人の彫刻を置けばいいのに。
ていうか、我らが郷土の小畑健のリュークとかレムとか死神像を置けばいいのに。笑。
...などと、この異国の地でとりとめのないことを話しつつ、マラー・ストラナの登城口へ足を進めて行きます。

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