Home / 中国四国旅行記 / 備後国一之宮・吉備津神社に参拝

Mar
15
2013

備後国一之宮・吉備津神社に参拝

山陽道にある吉備国は、古代において一大勢力を誇った巨大国家でした。
その吉備が四つに分かれたのが備前・備中・備後・美作国。
瀬戸内海を支配した巨大国家・吉備の一之宮を、西側から巡っていきます。
同じ国から分かれただけあって、備前・備中・備後の三つの一之宮は、それぞれ同じ神様、同じ名を持つ神社。
まずは四つの中で唯一広島県に属する備後国一之宮・吉備津神社に参拝です。

- スポンサードリンク -

吉備津神社

吉備津神社の神楽殿吉備津神社の主祭神は、大吉備津彦尊(オオキビツヒコノミコト)。
「日本書紀」によると、第七代孝霊天皇の御子で、讃岐国一之宮の御祭神であるヤマトトヒモモソヒメノミコトの弟君にあたります。
大吉備津彦尊は、崇神天皇の時、天下平定のため吉備の国に派遣され、吉備を統治しました。
そんな神様ですから、軍神としての神格を持っています。
また、「津(=港)」という名前からもわかるように、瀬戸内海に面した港を支配した神であり、281歳の長寿であったことから、産業興隆や延命長寿の御利益があるとされています。

立派な朱塗りの本殿

こうした神獣は日光東照宮にも似てる吉備津神社は鳥居をくぐってから長い階段があります。
階段を登ると、随神門・神楽殿・拝殿・本殿などがずらっとそろっていて、どれもが一目で古いとわかります。
朱塗りの本殿は、色こそ違えど京都の北野天満宮に形がよく似ています。
ゾウやトラや龍など、神獣の彫刻が施されているところも同じ。
調べてみると、江戸時代初期に造営されたものなので、桃山時代建築の北野天満宮と似ているのも納得です。

地元に溶け込んだ神社

子どもたちが元気に走り回っていましたただ、備後の吉備津神社は、観光客がたくさん訪れる神社というよりも、地元の人たちの生活に溶け込んだ神社といった趣です。
考えてみれば、学校帰りに近所の神社で遊んだり、境内の土俵で相撲大会があったり、お祭りに行ったり。
神社とは、本来そういう場所でもあったわけです。
階段を駆け上がって遊んでいる子どもたちの姿に、なんだか懐かしい日本の風景を見たような気がしました。

桃太郎伝説

鬼ヶ島は見えますか?吉備津神社と切っても切れないのが、桃太郎伝説です。
大吉備津彦尊が吉備国に来た時、この地で悪事を働いていたのが異国から来た温羅(うら)で、大吉備津彦尊はその温羅を退治して吉備の国を平定したという伝説があります。
それを寓話にしたのが桃太郎の話だというわけです。
境内には桃太郎の像がありましたが、古い神社の中でこの像だけ新しすぎてありがたみが全然なかったです。笑。
あと百年くらいしたら、この桃太郎像も風格がでるかな?

一之宮ラリー3日目終了

雰囲気の良い神社でした宮島でのんびりしすぎた結果、一之宮ラリー3日目はここで終了となりました。
なんとか17:00に間に合って社務所で御朱印をいただいた時、宮司さんに「どちらから来たんですか?」と聞かれたので、「新潟です」と答えると、「一之宮めぐりをしている人は結構いますけど、新潟から来る人は珍しいですね」と言われました。
たしかに、観光で福山に来る人はあんまりいないし、私たちも一之宮めぐりをしていなかったら、福山に来ることはなかったでしょう。
こうやって、普段は訪れないような土地に訪れる機会が生まれるのも、一の宮めぐりの魅力かもしれませんね。
宮司さんの話では、「この神社は、備中の吉備津神社を勧請したんですよ」ということでした。
なるほど、私たちもこれから備中の吉備津神社に向かいますと言いたいところでしたが、明日になりましたよ。笑。

備後国一の宮・吉備津神社に参拝

【まとめ】 全国一之宮めぐりのすすめ

- スポンサードリンク -

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Comments:0

Comment Form

コメントは管理人の承認後に公開されます。

Information
  • twitter
  • rss
  • はてなブックマーク
  • Instagram
カテゴリー
タグクラウド
記事への反応

back to top