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Oct
19
2013

富岡製糸場でレトロ工場萌え

上野国一之宮・貫前神社に参拝した後は、せっかく富岡まで足を運んだわけですから、有名な富岡製糸場を見学してきました。
富岡製糸場は、レンガ造に日本瓦や漆喰を使った和洋折衷の建物。
明治政府が掲げた「富国強兵・殖産興業」の一翼を担い、日本の近代化を牽引した工場は、産業遺産としての価値が評価され、世界遺産の国内暫定リストにも名を連ねています。
そんな富岡製糸場の歴史と見どころを紹介します。

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駐車場からレトロな町を歩く

レトロな町を歩く富岡製糸場には駐車場がないため、近隣の駐車場に車を停めて、歩いて往復することになります。
工場周辺には3つの市営駐車場があり、その他にも民間のコインパーキングがあちこちにありました。
それぞれの駐車場から工場までは、徒歩5~10分ほど。
富岡製糸場に向かう途中には、「かりんと饅頭」が店先に並んだ和菓子屋や、レトロな雰囲気を醸し出す古民家カフェなどがあります。
富岡の町は、パリのパッサージュじゃありませんが、昭和という時代が真空パックで封じ込められているようでした。

東繭倉庫で歴史を学ぶ

東繭倉庫富岡製糸場の正門にある券売所で見学券(大人500円)を購入して、工場内に入ります。
富岡製糸場には、1日5~7回、約50分のガイドツアーもあるのですが、私たちが訪れた時刻には、すでにガイドツアーの受付は終了していたので、代わりにもらった「お富ちゃんオススメルート」という紙を参考に自由見学です。
それによると、建物内に入って見学できるのは「東繭倉庫」と「繰糸場」の2ヶ所。
まずは正門の正面にある東繭倉庫に行ってみました。

フランス式繰糸機の復元機こちらは、操業当時の機械や資料をパネルで解説した展示室になっています。
明治5年の創業当時に使っていたフランス式繰糸機の復元機なども置いてあり、なかなか見応えはありました。
建物奥の映像コーナーでは富岡製糸場の紹介ビデオが放映されていて、富岡製糸場の歴史などを一通り勉強することができます。
しかし、放映時間20分というボリュームたっぷりのビデオだったので、ちらっと見ただけで私たちはパス。
全部見てたら、伊香保温泉に行くのが遅くなっちゃうし。

富岡製糸場と日本の近代化

中庭富岡製糸場は、明治5年に明治政府によって造られた全国初の官営製糸場です。
資源も技術も乏しかった開国直後の日本では、生糸が貴重な輸出品でした。
富国強兵を目指し、外貨の獲得に積極的だった明治政府は、生糸の生産を主要産業と位置づけ、生糸産業の拡大を目指します。
そこで、生糸の輸出振興と品質向上、技術指導者の育成を目的に、最新の器械を輸入し、外国人指導者を招聘して造られたのが、富岡製糸場でした。
乾燥場全国から工女を募集して技術を教え、彼女たちが出身地に戻って地元の指導者となることで、生糸産業の振興につながっていったわけです。

富岡製糸場の営業成績そのものはそれほど振るわなかったようですが、各地に富岡製糸場を模範とした器械製糸工場が建設され、日本の生糸産業は生産量・輸出量ともに世界一となったわけですから、富岡製糸場は目的を十分に達成したと言えるでしょう。
東繭倉庫のキーストーンそして、生糸の輸出で蓄えた外貨を元に、鉄鋼業など重工業を急速に発展させ、日本は欧米列強に肩を並べていったのです。

日本の近代化に大いに貢献した富岡製糸場は、その後、明治26年には民間に払い下げられ、持ち主が何度か変わった後、昭和14年からは片倉製糸紡績株式会社(現在は片倉工業株式会社)に合併され、昭和62年まで操業していたそうです。
日本史で習う遠い昔の話だと思っていたら、まさかバブルの頃まで工場として稼働していたなんて、驚きですね。

シルクの成分で肌もすべすべ

洗顔石鹸「雪繭」をお土産に東繭倉庫には小さな売店があって、富岡製糸場ならではのお土産が売っています。
そこでシュクルが購入したのは、シルク成分が配合された洗顔石鹸「雪繭」3個入り1,000円。
東繭倉庫に展示してあった資料によると、製糸場で働いていた女工たちは、日々の水仕事にもかかわらず、その手は白く美しかったそうです。
もちろん、これは古くから肌によいとされる絹の力のおかげでしょう。
帰宅後、早速使ってみると、もっちり粘る感じのきめ細かい泡で、すすいだ後はお肌がするっとすべすべに。
通販もあるので、これはリピートしたいな。

操糸場の自動操糸機に圧倒される

トラス構造の操糸場東繭倉庫の展示を一通り見た後は、中庭に出て西繭倉庫の外観や乾燥場の外観を見学し、それから繰糸場に行ってみました。
繰糸場の中に入ると、機械がずらっと並んで、工場好きならテンションが上がる空間です。
この機械は、昭和40年~55年に設置された自動繰糸機。
保護のためのビニールシートが残念ですが、場内で放映されているDVDでは、この自動繰糸機の動きを見ることができます。
また、この繰糸場の建物は「トラス構造」という従来の日本になかった建築工法で、場内には柱が一本もありません。
真っ白な梁と採光のガラス窓がおしゃれですね。

古い機械に圧倒される

女工哀史とはちがった側面も

富岡市イメージキャラ「お富ちゃん」こうして、富岡製糸場の見学は30分ほどで終了。
ビデオ解説やDVD解説をしっかり見たとしても、所要時間は1時間くらいだと思います。
製糸場というと、「女工哀史」や「あゝ野麦峠」で描かれるように、過酷な労働に虐げられている女工のイメージがあったのですが、こうして見学してみると、そんな悲惨さは全然ありません。
東繭倉庫に、実際に製糸場に勤務していた横田英さんの回想録「富岡日記」が展示してありましたが、見学者がもらえる資料の中に、「おエイちゃんの日記」というタイトルで簡単に内容が紹介されていました。
それを読むと、初めて見る煉瓦造りの建物に驚いたり、夜の寄宿舎でルームメイトと火の玉を見て怖がったり、工場の建設指導者であるブリュナ氏と手をつないで散歩する夫人の美しさに見とれたり、一等工女になって喜んだり、その様子はまるでJK。
年頃の若い女の子らしい、いきいきとした様子が読み取れます。
日本の近代化は、そんな若い女の子のエネルギーが支えていたんですね。

あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史
あゝ野麦峠―ある製糸工女哀史 山本 茂実
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