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Feb
07
2014

徳川園のアレゴリー謎解き散策

名古屋研修の合間に立ち寄った徳川美術館。
予想外におもしろかったのが、その徳川美術館に隣接する庭園です。
初めは、写真の2~3枚でも撮っておけばいいかなと思っていたのですが、これがびっくり!
一見、何気ない日本庭園のようで、実は秘密の暗号がいっぱい、気分はまるで「ダヴィンチコード」。
これは、知らないと損!
今回は、徳川園に隠された暗号を紹介しちゃいます。

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徳川園とは

江戸時代のはじめ、この地一帯は尾張徳川家二代藩主光友の下屋敷がありました。
昭和6年、徳川美術館を創始した十九代当主が邸宅と庭園を名古屋市に寄付、整備改修されて「徳川園」として公開されました。

徳川園

その後、昭和20年に大空襲で園内の大部分が焼失、一般的な公園として利用されてきましたが、平成16年秋にリニューアル。
江戸時代の池泉回遊式大名庭園を再現した形で完成しました。

大名庭園の楽しみ方

大名庭園とは、大名の邸宅や別荘の庭で、江戸時代に大名屋敷のあった江戸をはじめ、各地に造られました。
将軍とか他の大名とか、功労のあった家臣とかを招待して接待することも多く、観賞用というより、遊興や散策のための庭。
そのため、随所にいろいろな趣向を凝らした仕掛けがなされていることが多く、真ん中の池の周りを回りながらその趣向を楽しむように造られています。

池の周りを散策が基本スタイル

有名なところでは、金沢の兼六園とか、水戸の偕楽園とか。
だから、大名庭園は、ただ眺めるだけじゃもったいない。
実際に歩いてみて、移り変わる景観を味わうのが、大名庭園の楽しみ方なのです。

徳川園には暗号がいっぱい

散策のスタートは、庭園入口の近く、虎仙橋から。
この橋は、「虎の尾」と呼ばれる川の上にかかっていて、木々に囲まれた橋は、山の渓谷にかかる橋のイメージで造られています。

虎仙橋

橋の左側には龍仙湖と呼ばれる池が見渡せます。
この池は海を表していて、虎の尾の流れは、右側の山から左側の海に流れ込むようになっています。

眼下に広がる龍仙湖

橋を渡って池の方に下っていくと、海に見立てた広い池が現れます。
この池をちょっと仕切っているのが、西湖堤。
古くから文化人の憧れの地であった中国の杭州にある西湖の湖面を直線的に分ける堤防を真似たもので、日本庭園の中に異国情緒を取り入れています。
名所を見立てるのは、大名庭園の得意技なのです。

白い石の階段が西湖堤

池に沿って歩いていくと、舟小屋と渡し。
この渡しは、東海道唯一の海上路だった名古屋市熱田から三重県桑名までの「七里の渡し」の見立て。
錦鯉が泳いでいるあたり、全然海っぽくないですけどね。笑。

七里の渡し

七里の渡しから見える、池に張り出した部分は、知多半島や渥美半島を表しているのだそうです。
なんか、実際の地形とは位置関係が違うような気もしますが、ま、細かいことは気にせず、雰囲気を味わいましょう。

七里の渡しから半島を望む

この七里の渡しのあたりに来たら、くるっと後ろを見てみてください。
そこにあるのはふたつの岩。
一見ただの岩ですが、実はこの岩は陰と陽を表しています。
もっとダイレクトに言うと、女性器と男性器。
大名家にとって一番の優先事項は、お家存続だったので、殿様の跡継ぎが生まれるかどうかは藩にとってものすごく重要でした。
だからこんな岩が置かれていたりするんですね。

陰陽岩

さらに歩いていくと、不思議なマークのついた岩が。
秘密結社のマークみたいですが、これは刻印石と言って、大名家のマーク。
お城などを造る時に、石の切り出しや石垣を積み上げる際の担当者をはっきりさせるための目印として大名家のマークを刻んだのが、刻印石です。
ここにあるのは、名古屋城を造った時の余り石で、刻まれているのは紀州浅野家の印だそうです。

紀州浅野家の刻印石

海に見立てた池には、ちゃんと島もあります。
この島もただの島ではありません。
よく見ると、亀の形をしてるでしょ?
背中に生えている松は、鶴を表しています。
そう、鶴は千年、亀は万年、長寿を象徴した島なのです。
大名家の永遠の繁栄を祈願してるんですね。
よく見ると、この亀、なんかかわいい。笑。

鶴亀島

このあたりで、池から離れて少し上にあがると、瑞龍亭という茶室があります。
織田信長の弟で、利休の弟子だった織田有楽斎(うらくさい)を始祖とし、尾張徳川家で重用された尾州有楽流の様式。

瑞龍亭

ちなみに、東京の「有楽町」の名は、彼の屋敷があったからついたのだそうです。
ここに上がると、木々に囲まれた龍仙湖が一望。
周囲の高層マンションがちょっと邪魔ですけどね。

抜群の眺望

瑞龍亭からの眺めを楽しんだ後は、また池の方へ。
さりげなく置かれている赤い岩は、佐渡産。
こんなところで新潟の石にお目にかかるとは思わなかった。
大名庭園は、気軽に旅行などできなかった大名家の人たちの目を楽しませるために、珍しいものをおいてあるのだそうです。

佐渡の赤石

蘇鉄を植えてあるのも、ここが世界のミニチュア的な意味を持っているから。
蘇鉄なんてすごく南国っぽくて、なんか違和感あるなあと思っていたんですが、その「違和感」を味わうための趣向なんですね。

気分は南国ビーチ?

もうひとつ、ビーチ再現の趣向に注目。
岩が細かい段々になっています。
これ、海の波を表しているんです。
波打ち際のマーメイドもびっくりのこだわりよう。

波打ち際のような岩

池のほとりに建つのは、ガーデンレストラン徳川園。
昭和12年の汎太平洋博覧会の時の迎賓館を移築した歴史的建造物で、私の同僚の妹さんはここで結婚式をしたそうです。
このレストランの前に植えてあるのが、子福桜(こぶくざくら)。

子福桜

ひとつの花から二つ以上の実をつけるのでこの名前がついたのだとか。
これも、大名家の子孫繁栄を願って、子宝に恵まれるように植えたんですね。
春と秋の二季咲きの桜なので、11月でも花が開いていました。

八重咲きの桜です

池を大体ひとまわりしたので、スタート地点の虎仙橋に戻って今度は虎の尾をさかのぼって行くと、気分は一気に山の中。
渓流の先には、大曽根の瀧。
落差6mもあって、下の龍仙湖とは、標高差11m。
庭の中に、山から海までが入っているんですね。

大曽根の瀧

再び入り口に戻って、ここにも瀧があります。
この瀧の名は、龍門の瀧。
鯉が滝を登りきって竜となったという登竜門伝説に基づく滝です。

龍門の瀧

実はこの瀧、奥の方なので見えにくいんですが、よーく見ると、瀧の落ちるところに、鯉を模した石がちゃんとあるんです。
緑色のぽこんと出ている石がそうです。

ボケてるけど緑色の石が鯉

この瀧は、平成10年に早稲田大学の敷地内で尾張家江戸下屋敷にあった龍門の瀧に使われていた石が見つかり、それを譲り受けて造られました。
江戸時代には、飛び石を渡ると瀧の水が増量して石が隠れるという仕掛けが施されていて、それも再現してあるそうです。

ボランティアガイドがすごい

こうして、徳川園の散策は終了。
庭の中に、山あり海あり、瀧あり、島あり、南国ビーチあり、中国の堤防やら登竜門やら茶室やら、子孫繁栄・御家存続の願いやら、もうたくさんの寓意(アレゴリー)が含まれていて、ダン・ブラウンならこれで小説一本書いちゃうよ。

紅葉にはちょっと早かった

今回、この盛りだくさんの庭園の秘密をレクチャーしてくださったのは、ボランティアガイドの方。
たまたま声をかけられたので、一人だし、案内してもらおうと思ってお願いしたのですが、この方が本当に詳しい。
というか、基本、歴史が好きで、ここが好きなんですね。
京都の八木邸でのガイドさんを彷彿とさせるような情熱で、もう、話が止まらない止まらない。
ガイドブックには無い貴重な話をたくさん聞かせていただきました。
徳川園に行ったときには、ぜひお話を聞いてみてください!

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