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Jun
12
2015

大隅国一之宮「鹿児島神宮」に参拝

薩摩半島の南端・指宿から、鹿児島湾沿いに北上して霧島市へ。
九州一之宮めぐりの第5チェックポイントは大隅国一之宮・鹿児島神宮です。
一国の一之宮というよりも、大隅・薩摩・日向三国随一の神社として崇敬され、明治になってからは「神宮」となった大社。
古木の茂る荘厳な神社には、鹿児島ならではの雰囲気が漂っていました。

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山城のような神社

鹿児島神宮は、石段を登った台地にあります。
周りを堀が囲い、ちょっとした山城のような気分。

堀に囲まれた神社

住宅地の中にある神社なのに、境内に足を踏み入れると、ここだけ完全に別世界に来たようです。

社殿に向かう石段

創建は神代の時代。
街中にあるとは思えないほど広く森閑とした神社は、この地の特別な神社として古くから崇敬されていました。

御祭神は山幸彦と最強武人

鹿児島神宮の御祭神は、アマツヒダカヒコホホデミノミコト(天津日高彦穂穂出見尊)とトヨタマヒメノミコト(豊玉比売命)。
長い名前のヒコホホデミノミコトは、山幸彦のことです。
トヨタマヒメは、海の神の娘で、ヒコホホデミの妻。
出産の時に、サメに戻った姿をヒコホホデミに見られたため、海に帰ってしまい、その後は妹のタマヨリヒメが子どもを育てました。
その子こそ、初代神武天皇の父となる方です。

社殿は県内最大の木造建築

鹿児島神宮には、山幸彦の他にも、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇、応神皇后も祭られています。
特に、「八幡様」と呼ばれる応神天皇は戦の神として有名。
この地方の「隼人」と呼ばれた地元勢力を押さえるために祭ったと言われています。

正八幡宮の額

一般には、八幡さまの総本社は豊前国の宇佐神宮と言われていますが、鹿児島神宮の社伝ではこちらが全国の八幡社の本宮と書かれています。
実際、明治時代まではこの神社は「正八幡宮」と呼ばれていました。
それを示すように、社殿には「正八幡宮」の額がかけてありました。

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社殿は鹿児島方式

鹿児島神宮の社殿は、「勅使殿」がある鹿児島地方の様式。
「勅使殿」の両脇には、東と西に廻廊のような「長庁」が続いています。

鹿児島神宮・勅使殿と長庁

勅使殿からは、拝殿・本殿が一直線に並んで連なっています。
社殿は暗めの朱に黒の装飾で、落ち着いて風格漂うたたずまい。

鹿児島神宮・豪華な社殿の内部

中には、色とりどりの雲竜の彫刻柱や天井画があって、華やかです。
この社殿が建てられたのは宝暦6年(1756)、第二十四代藩主・島津重年公によって造営されました。
同じ朱塗りの神社でも、豪華絢爛な枚聞神社とは全然違って、どっしりと重厚な雰囲気でした。

竜宮の亀岩

境内で目を引くのが、「竜宮の亀岩」と書かれたおもしろい岩。
ぽこぽこと穴が開いた形は、確かに竜宮城にあったと言われても違和感がないほど、不思議な空気をまとっています。

竜宮の亀岩

鹿児島には竜宮伝説が残っており、薩摩半島は浦島太郎が竜宮へ旅立った岬と言い伝えられています。
御祭神のトヨタマヒメは、海の神の娘、つまり乙姫様ですから、竜宮の岩があるのも自然なことかもしれません。

鹿児島の灰に驚く

こうして鹿児島神宮の参拝を無事終えてふと境内に停めてあった車をみると、見事なまでの灰かぶり状態。

灰だらけ

これが噂に聞く桜島の灰か。
鹿児島神宮から海に向かえば、十数キロ先には噴煙を上げる桜島がありますから、こんなシンデレラ状態も納得。
鹿児島の象徴を目の当たりにしながら、ラリーは次なる目的地に向かいます。

大隅国一の宮・鹿児島神宮に参拝

まとめ 全国一之宮めぐりのすすめ

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