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May
14
2017

会津・鶴ヶ城で会津戦争を復習してきた(前編)

「私はここで生きたい。八重さんとともに会津で生きたいんです!」
尚之助さまロスを癒すためにやってきた会津。
まずは、会津のシンボル・鶴ヶ城へ。
鶴ヶ城は、会津戦争で、一ヶ月に及ぶ籠城戦を戦い抜いた場所です。
「八重の桜」では会津戦争を実際の籠城戦と同じく一ヶ月に渡って描き、見る者の涙を絞り、心を痛くさせるドSぶりを発揮しました。
小学校の修学旅行で来てから何度も訪れている鶴ヶ城ですが、「八重の桜」を観た後の鶴ヶ城は、シュクルにとってはもう今までとは違う特別な場所。
尚之助さまと八重が戦った城で、会津戦争を振り返ります。

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天下の名城を堪能する

鶴ヶ城は明治7年、石垣を残して取り壊されましたが、昭和40年に天守閣を再建、平成23年には藩祖・保科正之の時代と同じ赤瓦に葺き替えてリニューアルされました。
大きな堀、巨大な石垣、五層の天守閣、日本屈指の美城と言っていいでしょう。
会津戦争時は、3000発を超える大砲を撃ち込まれながら、ついに落城しなかった名城でもあります。
実に絵になる城で、中の展示も充実しているので、鶴ヶ城見学にはたっぷり時間を取りましょう。
堀を渡ると見える石垣は、「八重の桜」でも何度か出てきた場所です。

廊下橋からの石垣

天守閣の入場料は、410円。
鶴ヶ城公園内にある茶室・麟閣、城下町にある御薬園との三施設共通券なら700円で、別々購入よりも210円安くなるので、共通券がおすすめです。

お得な三施設共通券

入口を入ると、すぐにあるのが「塩蔵」。
天守台の内部が穴倉になっていて、塩や保存用食料などが貯蔵されていました。
保存用食料は「乾燥したタニシ」と書かれていて、それはビミョーな保存食だ...。
会津戦争は一ヶ月の籠城戦だったので、この塩蔵も活用されたのでしょう。

塩蔵

鶴ヶ城の五層の天守は、各層ごとに展示があります。
第一層・第二層は、1384年の創建から始まる鶴ヶ城の歴史や歴代城主などの展示。
歴代城主には蘆名氏の創建から、伊達政宗、蒲生氏郷、上杉景勝とビッグネームが続き、加藤嘉明を経て、保科正之を租とする会津松平家が225年続くことになります。
保科正之の残した「御家訓」が、後の会津の運命を決定づけるわけですね。

充実の展示で幕末史をたどる

第三層に上がってくると、いよいよ展示は「幕末の動乱と会津」。
きたきた!

三層の展示

京都守護職拝命・大政奉還・鳥羽伏見の戦い・会津戦争・奥羽越列藩同盟・箱館戦争・戊辰戦争後の会津と、幕末から斗南移住までが一枚のパネルにダイジェストで描かれています。
ううう...。
ひとつひとつ読みながら、「八重の桜」のシーンがそれぞれ浮かんできます。

孝明天皇

市川染五郎の孝明天皇。
品があって、憂いに満ちていて、容保が最後まで忠誠を尽くしたのがすごく納得できる帝でした。
あなた様がもう少し長く元気でおられたら、会津は逆賊の汚名をきることはなかったのに...。
ああ、歴史って残酷...。

鳥羽・伏見の戦い

慶応4年1月、薩摩長州軍と幕府軍が京都の鳥羽・伏見で激突した戦い。
戊辰戦争の始まりです。
近代兵器を揃えた薩長軍に幕府軍は惨敗、会津藩も多数の死傷者を出しました。
この戦いで、八重の兄・覚馬は薩摩藩に捕らえられ行方不明、八重の弟・山本三郎は命を落とします。
ドラマでは、八重が鉄砲を持って家を飛び出し、「三郎の仇を討つ!」としゃにむに走り出そうとするのを尚之助が追いかけて止めるシーンが印象的。
「何処へ行くんです!? 誰を撃つ気ですか!? しっかりしなさい!」
銃を握りしめ、「さぶろう―っ!」と悲痛な叫び声を上げ、尚之助の腕の中で泣き崩れる八重。
そんな八重をぎゅっと抱きしめる尚之助。
ああ、尚之助さま~!・゚・(ノД`)・゚・。

容保公

会津藩主・松平容保公。
この写真は、凛々しく聡明な若殿様の面影をよく伝えてます。
ドラマの綾野剛さんは、容保公が憑依してるんじゃないかと思うほど、容保公にしか見えませんでしたわ。
シュクルにとっては、尚之助さまと同じく、「松平容保=綾野剛」です。

佐久間象山

幕末に活躍した兵学者・思想家、佐久間象山。
尚之助と覚馬が知り合ったのは、史実では江戸の大木忠益の塾ですが、ドラマでは象山塾で知り合って意気投合し、尚之助が覚馬を追って会津に行くという設定でした。
ストレートで熱血な覚馬(西島秀俊さん)と、博学秀才で爽やかな尚之助(長谷川博己さん)というイケメンコンビの絡みは、毎回の楽しみでした。
ドラマで象山を演じた奥田瑛二さんが、またこの写真にそっくりで、すごく良かった。

「八重の桜」ファン必見の第四層

第四層は、「会津のゆかりの先人たち」。
明治に生きた会津の人たちが紹介されています。
「八重の桜」フリークには興味深いコーナーです。

萱野権兵衛

家老の萱野権兵衛は、ドラマでは柳沢慎吾さん。
最初は覚馬の軍制改革に批判的でイヤミな奴だったけど、会津戦争の責任を取って切腹するシーンはかっこよかった。
「あばよ!」というセリフをひそかに期待したのは、シュクルだけじゃないはず。

佐川官兵衛

「鬼官兵衛」と呼ばれ戦場で勇名を馳せた武士・佐川官兵衛。
ひたすら殿に忠実に、最後まで愚直な会津武士として生きた官兵衛。
中村獅童さんが熱演しました。
西南戦争で薩摩兵相手に会津戦争の仇を討って戦死したのは、ある意味本望だっただろうなあ。

西郷頼母

西田敏行さんが演じた会津藩家老・西郷頼母。
藩のためを思って容保を諫め、藩を追われてしまうというつらい人生。
八重の子どもの頃から最終回まで、八重のよき理解者であり、会津の歴史の番人的な役割でした。
頼母と容保とは6歳しか年が違わないと知って、驚愕!
西田敏行と綾野剛が6歳差って、どうなの?

山川浩

会津藩家老・山川浩(山川大蔵)。
のちのマッサンである。
いや、違うんですが。笑。
ドラマでは玉山鉄二さんが演じましたが、会津戦争後も会津の復権のために身を捧げ、ドラマの最後まで重要ポジションで登場しました。
八重の幼馴染で密かに八重を好きだったという設定で、八重に傘を貸すところとか、八重と尚之助の結婚を聞いて呆然とするところとか、八重に「あなたは会津そのもの」と言うところとか、八重が尚之助にすがりついて泣くのを辛い表情で見るところとか、「斗南に来てくれないか」と八重を誘うところとか、いろいろ八重好きがダダ漏れてるのについにチャンスは無く。
いやね、いい人なんですよ大蔵さん。
でもね、尚之助ファンとしては、訴訟に巻き込まれて窮地に陥った尚之助を、「俺は鬼だ」とかいいながら見捨てたのが、いくら藩のためとは言えやっぱりヒドイ。
表向きは無関係を装っても、せめて多少なりとも生活費の援助くらいはしてくれてもよかったんじゃないの?
そうすれば尚之助さまは、あんな貧窮と孤独の中で病死しなくても済んだんじゃないの?
くそー、マッサンめ!(いや、違うんだけど)

柴五郎

後の陸軍大将、柴五郎。
1900年、中国で起きた義和団の乱の時の大活躍で、欧米各国から「軍人の中の軍人」と大絶賛され、英国女王はじめ、たくさんの国から勲章をもらったという世界的な有名人です。
会津戦争の時はまだ10歳で、母・祖母・姉妹は籠城の足手まといにならないよう自害し、敗戦後、自身は父・兄たちと共に斗南に移住、後に士官学校に進学・陸軍入隊となり、大活躍することになります。
実は、この柴五郎の兄である柴太一郎という人は、藩のために尚之助と一緒に函館に行き、詐欺事件に巻き込まれた人なのです。
太一郎は尚之助の死後、禁固100日の判決を受けますが、その後釈放され、西南戦争に出陣、その後会津に戻り、下北郡長、大沼郡長、南会津郡長などを歴任しました。
後に柴五郎は、兄が藩のために働いて無実の罪に問われたのに、藩の人が誰も助けてくれなかった非情を嘆いています。
うんうん、よくわかります、その気持ち。
くそー、マッサンめ!(しつこい)

秋月胤永

おお、秋月さん!
秋月さんと言えば、尚之助ファンにとっては神回の第13回と第14回の重要キャスト。
京都から会津に戻って、「会津を離れても構わない」という覚馬の伝言と、佐久間象山が刺客に殺されたことを尚之助に告げるのが、秋月さんです。
尚之助は象山の死に涙しながら、苦心した新式銃を完成させ、「八重さん、夫婦になりましょう。私の妻になってください」と八重に決死のプロポーズ。
「だめです。それはできねす」と断る八重。
「なぜです。私では頼りないですか」と食い下がる尚之助。
いつもは控えめなのに、今日は違う!
「八重さんにふさわしい男ではないと思っていました。ですから一度は縁談をお断りしたのですが、なれど、これを作ることができた。日本で最も進んだ銃だと自負しています。たとえ生涯浪人でも、この腕があれば生きていける」
静かな自信と強い決意に満ちた尚之助。
「だから、ならぬのです。尚之助さまを会津に縛り付けてはなんねえのです。尚之助さまは、いつでもどこにでも旅立っていいのです。やりてえことをおやりになっていただきてえのです」
「私はここで生きたい。八重さんと共に会津で生きたいんです!...妻になってください」
尚之助さま~!(*´Д`)ハァーーーン 

そして祝言の日、秋月さんは二人の仲人となり、八重は秋月さんの家から実家に花嫁行列したのです。
綾瀬はるかさんの白無垢、めっちゃきれいでした~。
親戚のおじさん相手に頑張ってお酒を飲んだり、酔いつぶれて花嫁に担がれたり、美しい寝顔をさらしたり、尚之助萌えシーン多数。
極め付けは、二人の新居となる角場(鉄砲の製作所)の二階で目を覚ました尚之助が、八重に覚馬からの結婚祝いの京紅を塗ってあげるシーン。
「都の紅、さしてみてください」
尚之助の細くてきれいな指と、愛おしそうに八重を見つめるまなざし。
はにかむ八重。
八重を優しく抱き寄せ、「幾久しく」とささやく尚之助。
尚之助さま~!(*´Д`)ハァーーーン

それにしても、この回のセリフって、ドラマ観てた時は幸せモードで萌えてたけど、八重と共に会津で生きることも、幾久しく添い遂げることも出来なかったその後の尚之助さまの人生を思うと、つらすぎる...。
「会津は尚之助さまを見捨てることはない」という八重のセリフも...。
尚之助さま~!・゚・(ノД`)・゚・。

幕末の会津に思いを馳せる

そんな具合で、今までなら「へー」と一通り読むだけで通り過ぎていた会津藩士のラインナップも、ドラマの場面場面が思い浮かんだり、尚之助さまに思いを馳せたり、萌えたり涙ぐんだりして大忙し。
徳川家と天皇に忠義を尽くした故の会津藩の悲劇をじっくり振り返る展示でした。

シュクルの鶴ヶ城レポートは後編に続きます。

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